面白いことを、面白がってくれる人に伝えたい。


中学二年生のとき、広島県から鳥取県に引っ越し、転校をしました。
転校先の中学校で、クラスメイトから一番最初に聞かれたのが「Aくん派?Bくん派?」でした。
周りを見ると、女の子はみんな透明な下敷きにAくんかBくんの雑誌の切り抜きを挟んでいます。
2人組の男性アイドルが大人気だった頃でした。

でも私はAくんもBくんも特に好きではなく、かと言って正直にそれを伝える勇気もなく、
適当に「Aくんかなー」と答えてお茶を濁しました。
自分がこの場所でやっていけるか不安になり、絶望的な気分でした。
その後、無事に何人か友達はできましたが、何か心の置き場がないような気持ちで日々を過ごしていました。

高校生の頃、地元では比較的大きい本屋さんに、親に連れて行ってもらったときのことです。
ものすごく目立たない棚にこっそりと収まっている、都築響一さんの「TOKYO STYLE」という本を見つけました。

これだ、と思いました。
ひたすらに並んだ、無名の人達が普通に暮らしている部屋の写真。
一生懸命に生きている人をただただ見守るような、
おしゃれぶらず気取らない、でもユーモアのある写真や本のつくりが本当に面白く、
自分の心の置き場を見つけたと思いました。

心の置き場を確認できると、どこかへ出掛けても帰る場所がきちんとあるという安心感が生まれて、
ずいぶん気持ちがラクになりました。
そして、自分とは違う趣味や考え方も「そういうのもアリか!」と面白く感じるようになりました。

面白いと思うものは、自分の心の置き場になり、
心の置き場がきちんとあるからこそ、違う趣味や考え方の人とも交流できるのだということ。
そして、面白いと思うものがあることはとても大切で、人を救うことすらあるということに気付きました。

いま、私が行っているさまざまな活動の源にある「面白いことを、面白がってくれる人に伝えたい」という想いは、
このときの体験から来ているのではないかと今になって思います。

私自身は面白味のない人間ですし、面白くなりたいともたいして思っていません。
でも、面白いことと、それを面白がってくれる人をつなぐことはできるのではないか。
あの頃の自分のような人を救えるのではないか。それができたら、本当に嬉しい。
そんな気持ちで、あれこれと動きまわっています。

ひさしぶりに「TOKYO STYLE」を読み返したら、文庫版のあとがきに「ウズウズ」という言葉が4回も使われていて、
最後の一文が「すべてのウズウズしている人たちに、この本を捧げる」でした。
そんなことは全く忘れてつけた自分の肩書にも「うずうず」という言葉が入っています。


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